さっきの記事の補足、数学見ると吐き気がする人用に分けました

神は一つの手柄から一つの能力を得て、それが無限に積み重なって全能になります
これは「可算無限個の能力を持つ全能」です

可算無限とは、例えば「全ての自然数の個数」は可算無限です
すげーかみくだいてせつめーすると
1は自然数?せやでw
5は?せやでw
これをずっと繰り返さないと数え切ることができないけど、数え切るには無限の時間が必要になるやつ、ってのが可算無限です

逆に非可算無限ってのは、「全ての実数の個数」とかです
数えるまでもなく無限個あってむしろ数えようとすると頭おかしくなるのが非可算無限です
ほんとは微妙に違うけどとりあえずこれでいこう(とりあえず自然数より多かったら全部非可算です)


可算全能(可算無限個の能力を持つ全能)は
これできる?余裕w
あれは?余裕w
ってのを繰り返すことで作れるので、まさに神さまの成り立ちと可算全能の定義は一致しますね
この場合、ある時点でまだ質問してないこと(叶えたことのない願い)は、シュレディンガー状態で、できるかできないかはまだ分かりません
対して非可算全能は、やったことないとか関係なく全部できます
聞くまでもないです
むしろ質問することも神の思し召しです

どっちかってと一般的なイメージの神は非可算っぽいですよね
でもちょっと違うよってことを言いたかっただけのクソ記事
ほんまクソ

ちなみに「人間には無限の可能性がある!」の無限も可算無限です
「無限大な夢の後の何もない世の中じゃ」の無限はたぶん可算無限です
「無限に広がる孤独が絡まり無邪気に笑えた記憶が刺さって」の無限は非可算無限です
「限りなくは無限夢幻が無限」は可算無限です
「めいびーそぅめいびーそぅめいびーめいびーそぅ無限未来」はめいびー(たぶん)非可算無限です

いろいろ考えて見ると面白いかもね(投げやり)


数学科5年なのでこれ卒論にしたい(おわりがないのがおわり)


おまけ(数学科向け)
冪集合を取ると可算無限から非可算無限を作ることができますが、可算全能に対して冪集合を作ると、[(aができる霊体),(bができる霊体),(aとbができる霊体),(cができる),(aとcが),(bとcが),(a,b,c)......]って感じの集合になるので、一般的イメージの神にはたどり着けません
人間の作り出したものからでは所詮創造主の存在にはたどり着けないってことでしょうかね(深い(深い)深い)

追記(2019/1/26)
ある時点で神様が一度でも二箇所で同時に願いを叶えたことがあるとすればこの神様は時空を移動する能力を持っていることになるため
未来と過去のあらゆる「起きうる事象」を神様の手柄として良いことになります(パラレルワールドを認めるとしても可算無限個の世界の可算無限個の願いを叶えたことになるだけなのでまだ神様は高々可算全能です)
よって「叶えたことのない願い」は存在せず、シュレディンガー状態になることはないですね

この場合非可算全能との違いは、神様のできることが「起きうる事象」であるかどうかになってきます
よく全能のパラドックスと呼ばれるものがあり、「絶対に誰にも持ち上げることのできない岩を作り、それを持ち上げることはできるか、できないのならばもちろん彼は全能ではないが、できたとしても誰にも持ち上げられない岩が作れていないため彼は全能ではない」という内容ですが
可算全能では「絶対にできない」ことは元からできない(起こる可能性が限りなく低い確率とかでなく完全に0%のため)のでそもそも誰にも持ち上げることができない岩の時点で作れません
起こりうる可能性のある全てのことが出来る、程度の全能ではこの辺が限界です
対して非可算全能では、「「絶対に誰にも持ち上げることのできない岩を作り、それを持ち上げることはできるか」に対して具体的な方法を示さずに「それはできる」とすること」ができます
「絶対に誰にも持ち上げることのできない岩を作り、それを持ち上げること」の論理矛盾を無視して「できるか」の部分だけで判定すればいいので、パラドックスなんてちゃちなもんは効きません

似たような問いで、「非可算全能者は「自らに対してAをすることができないようにする」こともできるので、仮にした場合全能ではなくなる」というパラドックスは
「Aをすることができないようにする制約を解除すること」ができるので行えば良いだけです
両者の間にはタイムラグが生じますがそもそも時間軸を移動できるので問題ないです
こんな感じで「全能のパラドックス」は全く効かないことが分かります(つよい)